試合前の練習でコーチがやるべきこと|“足す”より“整える”が成果を生む理由

教え方・練習法

試合が近づくほど、コーチの心は揺れます。
「まだやれることがある気がする」
「もっと言ったほうがいいのか、黙っていた方がいい?」
「練習量を減らした方がいいって聞くけど本当?どのくらい?」
「自分が一番焦ってしまっている」
「選手の調子が不安」——
そのゆれは、チームにも伝わる可能性があります。

不安は「チームのことを真摯に考えている」からこそです。
試合前はいろいろ足すよりも、“整える”ときです。
コーチもチームも選手も順に整えていきましょう。


試合前はできることを確認し整える

試合が近づくと、「あの練習を入れておけば」「この確認をしておけば」と思う瞬間が必ずあります。
その感覚は大切ですが、今すぐ取り戻そうとする必要はありません

その時にやるべきことは、次に活かす準備をすること
ノートに書き出し、次の計画に組み込む。
もし毎回同じような後悔をしているなら、それは「試合前に組み込むべき要素」がまだ確立できていないということです。
次の計画に入るときにチェックできるように書き出しておいて、今は目の前の選手に集中しましょう。

コーチが思いついたことを、試合直前に新しく選手に投げかけると、
それは多くの場合「新たな認知的負荷」になります。
選手は今、目の前の試合にコンディションを合わせようとしています。
そこに新しい情報を入れると、選手が注目しようとしていた点がずれ、結果的に集中ができなくなります。

今は、新しいことを足すのではなく、できることを確認し整えるタイミングです。

試合前の練習は、“足す”よりも“削る”ことに意味があります。
できていないことをゼロから直すよりも、
「60%できていることを80%に近づける」「ミスを完全に消さなくても、回避できるようにする」。
そうした削ぎ落とす練習が、選手に「自分はできている」という安心感を与えます。

選手にもこのことをしっかり伝えます。
この方向性を持たせて練習を設計すれば、選手は「自分のプレーを整える」ことに集中できる。
チーム全体も、静かに自信を積み上げていく空気になります。


試合前はテーパリングでパフォーマンスを上げる

テーパリングの考え方をチームで共有する

テーパリングとは、試合前に練習量を減らしていくことを指します。
そして、試合前の練習では、コーチと選手が「減らすことの意味」を共有しておくことが大切です。
私は必ず、試合の数か月にテーパリングの考え方を簡単に伝えます。

「しっかりフィットネスを高めていって、まず動けるようにしていく。
フィットネスは練習をしなくなると落ちていくけれど、緩やかに落ちていく。
疲労はすぐにたまるけれど、抜けるのも早い。
だから最後に練習量を減らして疲労を抜くけれど、強度は高く保ってフィットネスをキープする。
試合前は走る本数は減っても、一本を本気でやることで、体も心もピークを作っていきます。」

年代によって伝え方は変えますが、“減らす=休む”ではなく、“整える”という認識を持つこと。
それをチーム全体で認識していることで、手を抜くような練習になったり、過度にハードになりすぎたりしないようにチームの意識をそろえることが第一歩です。


トレーニングの量は普段の半分

どのくらいテーパリングすればいいのか。

おおよそトレーニングの量は普段の半分
例えば、いつも3本走るメニューなら1本にして、設定タイムを厳しくします。
この「量を減らして強度を保つ」バランスが、テーパリングの基本です。
疲労を抜きながらもフィットネスレベルを維持し、試合当日にピークを作ります。
試合が続いていくなら、一気にトレーニング量を落としてしまうと、どんどんフィットネスも落ちてしまいます。
毎週試合があるようなときには、前の2日をテーパリングし、それ以外の練習は普段通りの練習をするようにしています。


練習は試合形式を軸に、コーチは観察する

かつての私は、試合前の練習でもプレーを改善していくことに意識を向けていました。
なので、ドリルや部分的な練習が多く、試合形式の練習が少なくない——。
結果、選手は試合勘を取り戻せず、本番を迎えていました。

そこから方針を変え、試合前は試合形式の練習を軸に据えるようにしました
ゲームの流れの中で、選手がどんな判断をしているか、誰が調子を上げているか、
コンビネーションがどこで噛み合っているか——。
自分が「指導する時間」ではなくチームを「観察する時間」にすることにしています。

すると、ゲームの滞りをわずかに修正するだけで流れが変わることが増えました。
試合形式の練習は、単なる確認ではなく、コーチが今の選手やチームの状態を読み解くのに最適な場です。


コーチが試合前に見る3つの観察ポイント

① 選手のメンタル
 自信をもってプレーできているか、仲間とのコミュニケーションがとれているかなど

② チームの状態
 試合に向けた盛り上がりと集中力が作れているか、チームとして「やること」が明確になっているかなど

③ ゲームの流れ
 ディフェンスやオフェンスで滞っている局面はないかチームとして判断を共有すべき場面はどこかなど


自分を整える(コーチの心構え)

試合が近づくと、コーチの心もざわつく。
「もう少し詰めたい」「まだできることがある気がする」
そう思うのは自然なことです。

でも、その焦りはチームへのいい影響にはなりません。
まずは自分の心の状態に気づくことから始めます。
そわそわしている自分を否定せず、「ああ、いま焦っているのかな」と一度、客観視してみる。
それだけで、少し呼吸が整い、言葉が穏やかになります。

試合前はどうしてもいろいろ言いたくなります。
練習を詰め込み、声を増やし、確認を重ねてしまう。
けれど試合前は、何に取り組まないか、何を言わないのかを判断してください。

選手たちがその力を出し切るためには、
新しい刺激よりも、安心できるリズムの中で整えていく方ことが必要です。
「これでいい」と言える勇気が、コーチの覚悟です。

試合当日も、選手はコーチの表情をよく見ています。
いつも通りに過ごすことで、安心することもあります。
言葉を多くかけなくても、
“信じて任せる”というメッセージは伝わります。

まとめ

試合前は、つい「足したく」なります。
練習を増やし、声を増やし、確認を重ねたくなる。
それはコーチがチームを思っているからこそです。

でも、試合前に本当に必要なのは、
足すことではなく“整えること”。
チームの積み重ねを信じて、その力を自然に発揮できる状態を作るだけです。

  • 認知負荷を増やさない
  • “削ぐ”練習でできている安心感をつくる
  • テーパリングで疲労を抜き、強度だけ保つ
  • 試合形式で、選手の状態と流れを「観る」
  • そしてコーチ自身が落ち着く

試合前練習がチームにとっていい時間になるようチャレンジしてみてください!


関連書籍

ピーキングのためのテーパリング(河森直紀)

狙った試合にコンディションを合わせるための、科学的かつ実践的な“整え方”がわかる一冊。
練習量と強度のバランスに悩むコーチに、明確な判断基準を与えてくれます。

人間における勝負の研究(米長邦雄)

勝負どころで迷いや不安とどう向き合うかを、深く静かに教えてくれる一冊。
試合前の“心の整え方”を、将棋の世界から学べる良書です。

育てる技術(ジョン・ウッデン)

選手を信じ、必要以上に“言いすぎない”ためのコーチングの原点を学べます。
試合前こそ大切になる「育てる姿勢」を具体的に示してくれる一冊です。


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